珍獣はいずこから

目を真っ青にギラギラさせて、虎が歩く。あちらでは白銀の獅子が黒曜石のような牙をむいている。毛が生えた蛇のように見えるのは新種のウサギ。この動物園は珍しい動物でいっぱいだ。

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「こんなに珍しい動物ばかり、いったいどこから見つけてくるのですか?」
いつもどおりに珍獣が入ったケージを受け取った後、動物園の職員は不用意な質問を口にする。
ケージを渡した側はチラと視線を上げた。カーキ色の帽子を深々とかぶり、古いトレンチコートを着込んだ男だ。
コートの男は寄贈者だった。たびたび珍しい動物を連れてきては寄贈をするのだ。ゴズキさんと呼ばれているが本名かどうかは定かではない。
気のいい職員はサイトウという。ゴズキからの動物たちはあくまで『寄贈』の形だが、実際は金銭の譲渡があるという不穏な噂を彼は知らない。
サイトウは、ゴズキが何かもそもそとつぶやくのを聞いた。
自らの問いへの答えであろう。耳を寄せるつもりで近づくとゴズキがコートの襟からグッと顎を上げて言った。
「……セショトゾク…ジャーイン……」
ふしゅっ、と鼻息が荒い。
サイトウは思わずのけぞった。
鼻水交じりに飛んできたのは火のような息だ。ゴズキの鼻息は湿っていて、めったやたらに熱かった。
「え、何ですって?」
聞き返しながら、サイトウははたと思い当たった。
(もしかしてこの人、外国の人なんじゃないの? これ外国語?)
聞き返したとて理解できないかも、と後悔したがもう遅い。
「……カナヤァンアヴ、ノヂニ…ィー…クショドニ、オヅ。ここ来る」
最後だけ、妙にはっきりと聞き取れた気がした。初めてはっきりと見たゴズキの顔には短い髭が毛深く生えている。下の歯は白々と。でも上の歯は厚い唇に隠れてちっとも見えなかった。
「はぁ、そうなんですね……」
サイトウは目をパチクリしてそう述べるに留めた。
その返答に満足したのか、ゴズキはニッと笑ってまた襟と帽子の狭間に顔を埋める。
「今日は寒いですから、水たまりが凍ってるかもしれません。どうぞ足元にお気をつけて」
声をかけつつ、なんとなく気まずい思いでサイトウは帰りゆくゴズキを見送った。

「……ということがあったんですよ」
昼休み、同僚に話していたサイトウは、急に後ろから肩をつかまれ仰天した。振り向くと青ざめた園長が立っている。
「聞いたのか!?」
「えええ?」
戸惑うサイトウがよく聞き取れなかったことを伝えると園長はほっとした様子だった。
(何か守秘義務でも発生してんの?)
サイトウは首をひねった。
気のいい職員でしかない彼は、実際の実際にやり取りされているものが金銭ではないことだって知らない、知る由もない。

次の寄贈日、やって来たのはゴズキではなかった。
「はじめましター、メズキでス」
ちょっぴり片言の後任者はカラカラと笑う。
「ゴズキに聞いてまスヨー、サトウサン!」
「サイトウです」
メズキ曰く、ゴズキは大物の『仕入れ』に忙しく、しばらくこちらに来ないのだとか。
明るいメズキとは会話が弾む。メズキはニット帽にハイネックの服を着ていた。髪が長いらしく、襟足から一房の黒い束がこぼれている。
「あナタ、とてもイイひとだネー!」
メズキはサイトウの肩をバンバン叩いてご機嫌に言う。
「トてもヨカタ! 畜生にならぬ者」
最後だけ、とんでもなく明瞭に聞こえてしまった。
耳を疑うサイトウの前で、メズキは豊かなまつ毛の大きな目をニッとゆがめてヒヒィと笑った。


おしまい。


牛頭鬼と馬頭鬼。

デタラメのつづき
デタラメのつづき

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