アカオニを呼ぶ

鬼の伝説が残る地。真っ黒い鬼は良く通る声で歌い、どす黒い藍の鬼はかすれた声で怒鳴るという。黒鬼の歌を聴くと山に連れ去られるが、山では安楽に暮らせる。藍鬼に怒鳴られれば現世で苦労するが、死後は極楽に行けるらしい。

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「黒鬼、藍鬼…、では赤は?」
民話収集家という男は当然のように問う。彼が顔を傾けるたび細い銀縁眼鏡がつやつやと光り、色白の細面をより青く見せた。
「朱(アカ)ですかぁ~、アカはねぇ、おらんですよ」
答えた老婆は眉を寄せて笑う。その泣き顔に似た表情にも気づかずに、収集家先生は口を尖らして言ったのだ。
「普通あるでしょう。たいがいは赤と黒、または赤と青なんですよ。もっと古代だと白と黒ですが…」
収集家によれば、この地域を含む県内では鬼の色には傾向があるらしい。
野良仕事の手を休めて都会から来た若者(といっても四十がらみ)へ親切に接していた婆様は、急にくしゃりと顔を歪めて言った。
「はよきえんとあけてしまうげん、あけんこんたーえらいからな、きえんさいな」
消えろ、とは。
急に態度を変えた老婆の剣幕に驚き、民話収集家は宿へと逃げ帰った。

その晩、彼は宿の主人から意外な話を聞いた。
「あー、そりゃ『消えろ』と言ったんじゃなくってね。きえんさいのキは帰宅のキ、帰りなさいって。あけ、は朱色のシュ、赤鬼さんの話を外でしたんでしょお?だげー…あ、だからぁー、です」
思いがけず何らかの逸話に当たったかとげんきんな民話収集家氏はいろめきだった。
「もっと詳しく聞かせてもらえませんか!」
ボイスレコーダーを構える彼に苦笑して、宿の主人は窓を閉めた。
「『えらい』はわかります?大変だーというか…えらいこっちゃ、ていう。『あけんこんたあ』はアカのが来たら、ですねえ」
やはりこの地にも赤鬼は語られていたのか。興奮で頬が緩む収集家の視線の先、宿の主人は言い淀む。
「『あけてしまう』というのはねぇ~…」
収集家は瞬時に様々なことを考えた。
あけて、とは…?
開けてしまう?
何を開けるのか、もしかして身体や頭だろうか。体を切り開かれて話者か聞き手、あるいは両方の死に繋がる伝説?
いや、赤鬼を【朱(アケ)】と呼ぶなら赤くなってしまう、すなわち血塗れのことか?
だが、宿の主人の口から出たのは意外な言葉だった。
「明けましておめでとう、の明けなんですぅー。明けてしまうんですよ…」
収集家はキョトンとした。
「夜が明ける、ということですか?まだ昼ですが…」
すると主人は困ったように微笑んで答えた。
「鬼の国の年が明けるんです。ここらでは赤はお正月だけのおめでたい色でぇ、朱鬼呼んだら鬼が年明けだと思って大勢出てくるって。普段見ん災いの鬼も来るかもしれんし、何より年明けのご馳走に皆でアケ鬼を呼んだ者を食いよると。それでこの辺では、赤い鬼は一番怖がるんですぅ」
ほう、と感心する民話収集家の耳に、細く、細く、重い呟きが届く。

(あっこの婆さ、よそもんに甘くていけんでえ…きえんさいってなぁ…)

声は部家の隅から聞こえた。そこでは宿の主人の父親だという老人が昼間から酒を啜りながら独りごちていた。
「あの……」
収集家はおずおずとにじり寄って老人に話しかけた。
ギョロ、と酒気で赤い目を上げて老人が言う。
「明けたら豊作での、馬やらも子を産んで、村はめでとうての、えがったんになあ」
ニィ、と笑った歯はタバコのヤニで黄ばみ、何だか鬼の歯のようであった。

おしまい


収集家は「赤は?」とは尋ねたが「赤『鬼』」までは言ってなかったのでセーフ。
村の民話には、飢饉の年にきつい年貢を求めた地頭を騙して赤鬼を呼ばせた話なんかがきっとある。
方言もどきは完全に架空なので、似た言葉があっても偶然です。

デタラメのつづき
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