しるべ石

旅先で道に迷った時にはこの『しるべ石』がオススメ。糸を垂らすと先端に取り付けられた石が家か目的地の方を指してくれる。青灰色のこの石は渡り鳥の耳の中にできる方位石である。

https://twitter.com/1day1nonsense/status/1620411336462311426

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群青色の糸の先、しるべ石がゆらゆら揺れている。
僕は家に帰りたい。僕の家なんて今はもう、どこにもない。
僕はどこかに行きたい。どこかって? 知らない、そんなこと。
しるべ石はゆらゆらしているばかりだ。
コウ、と高い声が天空から聞こえた。渡り鳥が飛んでいく。彼らの耳の中にもしるべ石があるのだろう。
ところで「しるべ石」は「導石」か「標石」だろうと思っていたけれど違うらしいね。このジョークグッズみたいな土産物を売っている店にはこう書かれていたよ。

『知る辺石』

しるべ、しるべ。知る岸辺もなく、知る人もないから僕のしるべ石は所在無さげに揺れたままだ。
どうしようかな。どうしようもないね。


……そう言って、赤ん坊は黙って口を閉じた。もちろんまだ嬰児だから、大人の言葉で伝えてきたわけじゃないけれど。でもわかってしまったんだ。

しるべ石を買ったのは、きっと彼の母親だろう。迷わないように、いつかたどり着けるようにと買ったのだろうな。そんな母親だったものは今、半ば干からびて彼の椅子替わりになっているけどさ。
母だった椅子はぼろ布のようなものを身に着けている。よくよく見れば、それは千年の戦で焼け野原になってしまった国の民族衣装だ。
亡国。
だから彼はもう家なんかないと言っていたんだな、と思う。しるべ石。しるべ石。もう知る辺無き者たちにはちっとも優しくないんだね。
赤ん坊は不思議に老人めいた顔をして、まぶしそうに私を見た。
この子はずっとこの荒野の道端にいるそうだ。通りすがりの旅人が皆、少しずつ彼を憐む。そうして動物の乳などを与えていくから、赤ん坊だけが生きていると聞いた。

「でも変だな。あの国が亡くなったのはもう三百年は前なのに。どうしてこの子は赤ん坊のままなんだろう?」

私は大人の言葉を使ったけれど、赤ん坊にもわかってしまったらしい。

『ああ、そうだったの? そうだったのか…』

大人の言葉ではないコトをこぼし、赤ん坊は突然姿を変えた。
彼は少年になり、青年になり、壮年になったあと、しわくちゃの老人になってまた別の赤ん坊になった。それを数回繰り返し、最後は薄緑色の細いたてがみをさやさやと揺らす獣になった。獅子と馬の中間みたいな姿の初めて見る生き物だ。
その生き物は群青色の糸をそっとくわえ、私にしるべ石を差し出す。
それから急激に毛艶を失い、あっという間にやせ衰え、倒れ、気が付くと見たこともない鳥の姿に変わっていた。
赤ん坊だった鳥は「コウ」と一声泣くとどこかへ飛び去る。鳴いたんじゃない。あれは泣いたんだ。

呆然とし、ふと我に返ると荒野の道端には『何かが長年座っていたような痕跡』が残るばかりだった。干からびかけた母も、赤ん坊ももういない。

私の手にはしるべ石がある。すでに絶滅した渡り鳥の耳内結石だという、数百年前の記録にしか残っていない大変貴重な代物が。
これを今回の近代遺跡発掘調査の成果に加えていいものか、私はいまだに迷っている。

-ある考古学者の日記より


おしまい!

デタラメのつづき
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